■ ストレスに傷つけられていませんか?
周囲から些細なストレスに対して、次のような反応に出会ったり、感じたりしたことはないだろうか。
- 「ストレスを自分に対する攻撃と受け止め、すぐさま反撃行動に出てしまう」
- 「暴力的な行動で他人に対して怒りを爆発させる」
- 「自分自身を傷つける行動に走ってしまう」
- 「自分を責めて落ち込んでしまう」
- 「悪い結果を予想して不安になる」
何かが起きてからでは遅いけれど、周りにとっても、もちろん本人にとっても、ストレスは高まるばかりで、事態の改善は一向に期待できない。
■ 愛着障害
些細なストレスに対して傷つきやすく、ネガティブな反応を起こしやすいのは、愛着障害を抱えている人だと、『愛着障害』の著者、岡田尊司医師は指摘する。愛着は、余人には代えがたい、特定の存在(愛着対象)に対する、特別な結びつきであるとし、母が子にする「抱っこ」こそが子の安心の原点であり、双方にとっての愛着の出発点でもあるとする。子供が泣くと、すぐに抱っこする母親の場合、子供との愛着が安定しやすいが、放っておいても平気(あるいは、放っておかざるを得ない)ような母親では、愛着は不安定になりやすいとも言う。
したがって、愛着のスムーズな形成には「十分なスキンシップとともに、母親が子供の欲求を感じ取る感受性を持ち、それに速やかに応じる応答性を備えている」こと大事がなのである。しかも、その関係は、特定の人との間に結ばれている安定したものであることが重要であり、たとえば「児童養護施設などで育った子供が、愛着障害を抱えやすい理由は、絶対的な愛情量の不足ということ以外に、複数の養育者が交代で関わるという事情にもよる」と同氏は指摘する。
■ 「家庭」あるいはそれと同様の養育環境で子供を育てる
改正児童福祉法(第3条の2(平成28年6月3日公布、施行))において、
・「地方公共団体は、児童が家庭において健やかに養育されるよう、保護者を支援するものとする。ただし、家庭における養育が適当でない場合には、児童が家庭における養育環境と同様の養育環境において継続的に養育されるよう、必要な措置を講ずるものとする」との規定を追加し、そこに「家庭において健やかに養育」「家庭における養育環境と同様の養育環境」を明記している点にも、「愛着」の重要性が反映されている。(改正児童福祉法
なお、家庭において必要とされる養育の機能について、政府の検討会資料に掲げられているのは、
- ①心身ともに安全が確保され、安心して生活できる機能
- ②継続的で特定な人間関係によって「心の安全基地」として機能する
- ③共有される生活基盤を提供する機能
- ④発育および心身の発達が保障される機能
- ⑤社会化の基盤としての機能
- ⑥病んだ時の心身の癒しと回復の場としての機能
- ⑨子どものトラウマ体験や分離・喪失体験からの回復の場となる機能
- ⑩新たなアタッチメント対象としての関係性を構築する機能
- ⑪発達が促されて、生活課題の修復が意図的に行われる場となる機能
- (番号は原文のまま)
また「家庭における養育環境と同様の養育環境」に該当するものとし挙げられているのは、
- (1)特別養子縁組家庭
- (2)普通養子縁組家庭
- (3)親族里親家庭
- (4)里親・専門里親家庭
- (5)以下のファミリーホーム…すべて里親登録を原則とする。
- ①里親型ファミリーホーム
- ②独立自営型ファミリーホーム
- ③法人型ファミリーホームで本体施設がないか、あっても離れた地域で夫婦が同居して営んでいる場合で、人事異動は想定されていない場合。
養子縁組によらない場合は、すべて「里親」であることが前提になっている。
■ 『里親を増やそう』
ところでNHK名古屋放送局が、子どもや子育てしている人たちを応援するためのプロジェクト「#わたしにできること~未来へ1歩~」を展開している。本日(2021年2月6日(土))、特集番組『里親を増やそう』が全国ネットで放送された。
政府は児童福祉法を改定し、「里親」による「家庭」づくりを推進しようとするが、受け入れる里親が全然足りていないという。「経済的な事情や虐待などで親と暮らせない子どもは東海・北陸地方に約4千人、その8割が施設で暮らして」いるのが現状だ。番組では、里親家庭の実際の様子や、インタビュー、里親になるための手続きや、里親を増やすための具体的な取り組みなどを専門家などのコメントを交えて紹介した。
ゲストのサヘル・ローズ(サーヒル・ルーザ)さんが、4歳から7歳まで孤児院にいたが、その後里親に育てられ自分だけの安心できる特別の場所と関係に恵まれ、以降の人生を自信をもって生きることができるようになったと自身について述懐した。そのエピソードは、幼少期に母親の「抱っこ」に恵まれなくても大丈夫という励ましに満ちている。
■ 孤児に手厚いイスラーム
サヘルさんのこの体験は、里親という親の在り方に対して、あるいは、親に恵まれなかった子供たちに対して、手厚く保護する文化的な背景と無関係ではないであろうことも指摘しておきたいと思う。イスラームの預言者ムハンマドは、乳母からも授乳されており、6歳の時には孤児になり、祖父と叔父の庇護の下に育てられたという経歴を持つ。
乳母についてイスラーム法は、たとえば、乳母や同乳の姉妹との婚姻を禁じるなど特別な地位を付与してもいる。イスラームの法や社会が孤児をはじめとする弱者に手厚いのは、ムハンマドの生い立ちと無関係ではない。里親制度とのかかわりでムハンマドの成長をたどることもまた示唆に富むはずだと、サヘルさんの話が教えてくれているようにも思える。
■ 広がる愛着障害
両親が共働きで、泣こうが喚こうが、抱きしめてもらうことはおろか、受け止めてもらえないつらさをただただ自分で呑み込むしかなく、しかも静かにおとなしく親の持ち物としてしか扱われてこなかったという子供がもしもいたならば、表からは極めて見えにくい分だけ深刻な愛情障害を抱え込んでいる可能性は否定できない。
岡田によれば、広い意味での愛着障害、つまり、安定型に分類されるような愛着ではなく、愛着の問題が原因で対人関係における困難、不安やうつなどの精神的な問題を抱えやすい不安定型の愛着スタイルを持つ人が、3分の1を占めるという。
■ 息苦しさを緩和する
つまり3人に一人は、愛着に何らかの問題を抱えており、不安定型に分類される。カップルになったときのことを想定すると、安定型同士がカップルになる確率は、50%を切ってしまう。 それが現実なのである。
であるとするならば、半分以上のカップルが、ストレスに対して弱く傷つきやすさをかかえかかえながら関係を続けていることになる。虐待・DV・ハラスメントなどが収まらない中、日本という社会全体が、心と体を安心して休めることのできる「安全基地」を求めていると言うこともできそうだ。そう思うと、里親がぐっと身近に感じられる。
里親の議論が、愛着の問題それ自体、あるいは、それに悩まされ、生きづらさを感じている人たちが、そこから解放されて、少しでも息がしやすくなる方向に展開していくことにもつながってくれればと念う。
■参考文献
岡田尊司『愛着障害:子供時代を引きずる人々』光文社新書540
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