アラビア語論・言語論

アラビア語論・言語論

「誰といたの?」と聞かれて「友だちと一緒だった」を何という言うか

菅田将暉×小松奈菜主演の「糸」をみて、中島みゆきの「糸」の歌詞を読み、さらに藤井風の「きらり」の世界観を加えてみる。そこには、「誰といたの」は気にせずに、「生きていた」こと喜んで、ミサンガ切れても、切れることない糸信じ、苦境も「さらり」とかわしてく、大きな愛でかわしてくという今どきの日本語が織りなす世界が見えてくる。
アラビア語論・言語論

「不定なるもの」を「一なるもの」とする一神教とは

ラー・イラーハ・イッラッラー لا إله إلا الله 「アッラー以外に神はない」と訳されるこのフレーズ。イスラーム教徒が普段口にするフレーズの中の代表格であろう。イスラームの神学の根幹を、端的に表現したフレーズだということもできる...
アラビア語論・言語論

やり直しを認めてくれる希望の聖句(『聖典クルアーン』マルヤム章59-60)

《それなのにかれらの後継者が礼拝を怠り、私欲に耽ったので、やがて破滅に当面することになるであろう。だが悔悟して信仰し、善行に勤しむ者は別である。これらの者は楽園に入り、少しも不当な扱いを受けることはないであろう》(マルヤム章59-60節、1...
アラビア語論・言語論

怒りを鎮める心の体操としての礼拝

怒った人を落ち着かせるには 怒りがどうにも収まらないという悩みに苛まれてはいないだろうか。横暴な経営者に役立たずのレッテルを貼られ忖度と同調圧力も手伝って退職を余儀なくされ、やり場のない怒りが自分の中で拡大し続ける情念の渦巻として暴れまわ...
アラビア語論・言語論

イスラームは「進歩」を知らないのか?「進歩」を意味しうる4つの言葉

内藤正典先生のイスラームの「進歩」についてのご説明「イスラームは「進歩」しない。そういう観念自体がないと」いうご指摘(PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)2021年11月6日10:00 )に寄稿された「貧困の元凶」「女...
アラビア語論・言語論

「タリバーン」の件。朝日新聞から回答:18日から「タリバン」に変更

朝日新聞東京本社お客様オフィスより回答があった。 「他の多くの主要メディアが「タリバン」を使っている現状を考慮し、17日に「タリバン」の表記に変更することに決め」、「本日18日付の紙面から反映されています」とのこと。 本...
アラビア語論・言語論

「タリバーン」という朝日新聞の呼称に違和感:質問を送ってみた。

  「タリバーン」という呼称について   イスラーム法とクルアーン、アラビヤ語の研究者です。 アフガニスタンの政権崩壊の報道で御社は、「タリバーン」の呼称を用いていますが、「タリバン」でも「ターリバーン」でもなく「タリ...
アラビア語論・言語論

ラマダーンの「サウム」を「斎戒」と訳すことについて

ミツバツツジの花言葉:節制・抑制のきいた生活 少ない水の環境に耐え見事な花を咲かせることに由来するという ラマダーンは断食か? 今年のラマダーンも後半に入った。昨年に引き続きコロナ禍で信徒同士のイフタール(日没後の断食明けの食...
アラビア語論・言語論

あえて語らぬ/あえて語りぬ

神も伏せるし、死も伏せる。夢だから覚めるけれど、果たして夢でなくても、日本語の世界で人は死ねるのであろうか。何かを完全にやり切らなければ死ぬことはできないと呪われているような、日本語の「死」。あの世がなくても、日本語の世界では、死後も死ねない
アラビア語論・言語論

呪いの言葉が聖典にあっても大丈夫な理由:『聖典クルアーン』「中傷者章」をめぐって

が聖典にあっても大丈夫な理由:『聖典クルアーン』「中傷者章」をめぐって。「不定そのもの」がまさに不定に漂う中に縛られているような世界で呪いの言葉などかけられたのではたまらない。それに対してこちらは、確固とした存在(たとえそれがとらえられないような茫漠としたものであったとしても)に、テクストという形で「不定的なるもの」を極力許さない形で管理された世界での「ワイルン」。 つまり、究極にして唯一の主、慈悲深く慈愛あまねくアッラーからの注意喚起。まさにこれに優る注意喚起はない。
Kamalをフォローする
タイトルとURLをコピーしました