笑いと祈りの意外な関係:「生きてるだけでまるもうけ」(明石家さんま)と聖典クルアーン「潤沢章」

徴(しるし)を読む
深刻ぶるのはやめよう

笑いから祈りへ

潤沢に気付こう。潤沢だと思って周りを観よう。ムハンマドさんだけに与えられた事共が潤沢であったというのであれば、私たちは、まずそうした潤沢の存在に気付こう。与えられたものではない。そしてその潤沢の主の存在にも。潤沢の主の存在がはっきりすれば、それが祈りや犠牲の向かう先になる。祈ることも犠牲をささげることもできるというものだ。

 

[i] ちなみに娘さんのIMALという名の由来について「『いまる』は父親であるさんまの座右の銘きてるだけでまるもうけ(生きてるだけで丸儲け)」からと[14]、一方大竹は「いまをいき(今を生きる)」から命名したと述べている[15]。(https://ja.wikipedia.org/wiki/IMALU

* アイキャッチの中の「生きてるだけでまるもうけ」の英訳は、DMM英会話のサイトを参考にしました。感謝です。

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