善行の報奨が1千月分を上回る夜
聖典クルアーン「カドル章」(第97章全5節)をまずは引用しておこう。
1.われら(アッラー)は、それ(クルアーン)をカドゥルの夜に降した。
2.カドゥルの夜が何かをあなたに知らせるものは何か。
3.カドゥルの夜は千の月より優れる。
4.諸天使と聖霊(ジブリール)は、その夜、その主の許しにより万事の〔決定を携えて〕降りてくる。
5.平安である、その夜は。夜のとばりに隙間が現れるまで。
「カドル」とは
「カドル」には、決定、定め、みいつ(御稜威、御厳=天皇・神などの威光。強い御威勢」『広辞苑』)などの訳語が当てられている。この語にはまた「見積」や「見定め」といった訳語の可能性が残されている。さらに、その夜、天使たちに託される、向こう1年間のの万事に対する動かしがたい神の定めが齎されるという点も加味すると、「神威」は、全体として雰囲気を伝えていると言える。
但し、ここでは、そういった意味を含む言葉であることだけを指摘し、「カドルの夜」としておく。クルアーンが啓示され、しかも、善行の報奨が千カ月分を上回るというのが、このカドルの夜である。信者にとっては、これほど有難い夜はない。
それが第何夜なのかは、クルアーンに啓示なし
ところが、それがいつなのかについて、聖典クルアーンに言及はない。クルアーンがラマダーン月に降されていることから、この夜がムスリムたちが務めとして断食/斎戒/節制を敢行するラマダーン月中のいずれかの夜ではある。ただ、それがラマダーン月の第何夜なのかは、実は判然としない。
クルアーンの啓示はすでに終わっているものの、この夜自体は、その後も残り続けるし、ラマダーン月のうち幾晩もあるわけではなく、1夜に限ることについて、多数派の意見は一致している。
そうした中で、第27夜が有力説ではあるが、それはハディースなどを総合した見解で、これも定かではない。ここでは、アッラーズィーの『大注解 التفيسر الكبير 』から紹介しておく。
9つの候補あり!
彼のまとめでは、9つの見解があるとされる(カッコ内は主張者)。
①ラマダーンの最初の夜(イブン・ラズィーン)
②第17夜(アルハサン・アルバスリー)(翌朝がバドルの役の始まりだった)
③第19夜(アナス)伝承あり
④第21夜(ムハンマド・ブン・イスハク)
⑤第23夜(イブンアッバース)
⑥第24夜(イブン・マスウード)
⑦第25夜(アブー・ズッリ・アルガッファーリー)
⑧第27夜(アビー・ブン・カアブと教友たちの一部)
⑨第29夜(教友たちの別のグループ)
何故その晩なのか
第1夜、第27夜、第29夜については説明が付けられているのでそれも訳出しておく(仮)。
第1夜説
ラマダーン月第1夜であるとする者たちは、ラハブによる伝承をもとに次のようにも主張する。
イブラーヒームのソホフもまたラマダーンの第1夜に下され、タウラートは、その700年後のラマダーン月中の6夜にわたって下され、ダーウードの詩篇はその500年後のラマダーン月中の12夜にわたって下され。詩篇の620年後にインジール(福音)がラマダーン中の18夜にわたってイエスに下された。
クルアーンについては、毎年ライラトゥルカドルにムハンマドに下された。ジブリールが、第7天のイッザの家からこの世の天に下ろした。至高なるアッラーは、クルアーンを20年間のうちの20週にわたって下したのである。したがって偉大なる教えの数々が明らかにされたこの月に入ったならば、栄光と威光と位階は究極の状態におかれるのであり、したがってこの月の最初の夜は、まさしくカドルの夜なのである。
第27夜説
アルマーウとアッティーンのハディースによるもので、シャーフィイーもこの説を有力視する。その徴しが章句の中に埋め込まれているとされる。
①イブン・アッバースのハディース。この章は、30語からなり、そのうちの「ヒヤ」は、27番目。
②ウマルが教友たちに問い、その後イブン・アッバースに話したところが伝えられている。…ザイド・ブン・サービトゥは言った。「私はムハージル―ンの子供たちを連れていた。私たちの子供のことは連れて行かなかった」。ウマルは言った。「おそらくあなたは言うであろう「もしこれが少年だったら、しかし彼のところにもあなたがたのところにもいなかった。」イブン・アッバースは言った。「アッラーに好まれる数は奇数であり、中でも7がもっとも好まれる。7つの天、地中の7層、1週7日、火獄の下り階段7段、カアバの周回7回、7器官。したがって20と7で27日。」
③同じくイブン・アッバースから伝えられている伝承。「ライラトゥルカドルは、9文字。それが3度出てくる。したがって、27。
④ウスマーン・ブン・アビー・アルアーシに少年がいた。彼は言った「ご主人様、海の水が甘くなる夜がラマダーン中にあります」。ウスマーンは言った「もしもその夜になったら私に教えなさい」。それがラマダーンの第27夜だったという。
第29夜説
この夜をもって当月の服従は完了するから。いや、最初がアーダムのようなもので、最後がムハンマド。それゆえにハディースでは次にように伝えられている。「ラマダーンの最後には、月の最初から徐々に出来上がっていく多くのものによって熟成する」。いや、最初の夜は、男の子を授かった者のよう。感謝の夜。最後は、別れの夜。子供を亡くした者の様。それは忍耐の夜。それは忍耐と感謝の間にあるものを教えたのだ。
いつがその夜なのかがはっきりしないのなら。。
もしも、第何夜なのかが指定されていたら、少なからぬ人々が、その日に集中して善行に勤しむことになってしまう。したがって、カドルの夜があり、それが1千カ月に優るものだとは教えても、具体的にいつなのかは明らかにしない。クルアーンが例えば「地震章」で、この世を破滅に追い込むような大地震が起きる時がやってくることは言っても、それがいつなのかは、啓示しないのと同じロジックだ。
アッラーからの御使い、ムハンマド(彼の上にアッラーの祈りと平安あれ)のカドルの夜との向き合い方は、それがいつなのかを突き止めてその夜に集中的に善行に励むのではなく、それが含まれると目される一定の期間にわたって〔カドルの夜の徳を〕追求するよう勧めている。
その期間は、「ラマダーン月の最後の週」(イブン・ウマルによる伝承)「最後の10日間」(イブン・ウマル)「虚弱者・高齢者は最後の1週間」(イブン・ウマル)「最後の10日間の奇数日」(アブー・サイード)などと伝えられている(『正伝ムスリム』「断食の書」)。
ラマダーン月の最後の1週間ないしは10日間。少なくとも奇数夜。その間は、食べない、飲まない、争わないなど欲望から消極的に遠ざかる徹底的な節制だけでなく、むしろ積極的に善行に励み、カドルの夜の恩恵に浴したいものだ。アッラーフ・アアラム。
参考文献・URL
井筒俊彦訳『コーラン』岩波文庫(下)
『日亜対訳クルアーン』(中田考監修)作品社
『日亜対訳注解聖クルアーン』日本ムスリム協会
التفشير الكبيرللإمام الفخر الرازي، بيروت: دار الإحياء التراث العربي، المجلد الحادي عشر، 1998
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